名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)3821号 判決 1998年7月29日
第一事件原告
平島充也
第一事件被告
有限会社岐章
第二事件原告
平島充也
第二事件被告
久野鉄男
主文
一 被告有限会社岐章は、原告に対し、金三三九万〇〇八九円及びこれに対する平成五年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告有限会社岐章の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(第一事件)
被告有限会社岐章は、原告に対し、金二三〇五万四三八〇円及びこれに対する平成五年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(第二事件)
被告久野鉄男は、原告に対し、金一八〇三万九四〇〇円及びこれに対する平成六年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が左記一1、2の各交通事故の発生を理由に被告らに対し自賠法三条により損害賠償請求をする事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故
(第一事故)
(一) 日時 平成五年九月三日 午前一一時五分ころ
(二) 場所 愛知県津島市東愛宕町三丁目一一四番地先県道津島蟹江線
(三) 加害車 訴外岸江真澄運転・被告有限会社岐章(以下「被告岐章」という。)所有の普通貨物自動車
(四) 被害車 原告運転の普通乗用自動車
(五) 態様 信号機のある交差点において、原告運転の普通乗用自動車が信号待ちのため停止していたところ、訴外岸江運転の普通貨物自動車が追突した。
(六) 傷害 本件第一事故により、原告は、頭頸部挫傷の傷害を受けた。
(第二事故)
(一) 日時 平成六年二月八日 午前一〇時二五分ころ
(二) 場所 愛知県津島市西愛宕町二丁目一一三番地先県道津島蟹江線
(三) 加害車 被告久野鉄男運転の普通乗用自動車
(四) 被害車 原告運転の普通乗用自動車
(五) 態様 信号機のある交差点において、原告運転の普通乗用自動車が信号待ちのため停止していたところ、被告久野運転の普通乗用自動車が追突した。
(六) 傷害 本件第二事故により、原告は、頸部挫傷の傷害を受けた。
2 責任原因
(第一事故)
訴外岸江は、被告岐章の業務の遂行のため、被告岐章所有の加害車を運転していた。
(第二事故)
被告久野は、第二事故の加害車を自己の運行の用に供する者である。
3 原告の入通院状況
(一) 平成五年九月三日(第一事故当日)から同年一二月一一日まで彦坂外科に入院一〇〇日
(二) 同年一二月一二日から平成六年二月七日まで彦坂外科に通院・実日数四六日
(三) 同年二月八日(第二事故当日)から同年四月二五日まで彦坂外科に入院七七日
(四) 同年四月二六日から平成七年八月六日まで彦坂外科に通院実日数三六一日(乙一六)
4 既払金
被告岐章 二〇八万五八二〇円(弁論の全趣旨により認める)
被告久野 三〇〇万〇三五二円
二 争点
原告の損害額
(各事故と治療との相当因果関係)
1 原告
第一事故から症状固定と診断された平成七年八月六日までの治療はすべて第一、第二事故いずれかと相当因果関係がある。
2 被告岐章
第一事故後の原告の入院中の症状、治療態度に照らし、第一事故による受傷の治療として必要かつ相当性の認められる入院期間は一か月程度である。
3 被告久野
第二事故の前後を通じて原告の症状に変化はなく、第二事故後の症状も第一事故後の症状が引き続いて現れていたに過ぎないものであるから、第二事故と第二事故後の治療との間に相当因果関係はない。相当因果関係があるとしても、第二事故後の原告の症状に照らし、入院は不要であり、また第二事故発生時から三か月後には症状固定していたものである。仮に、症状固定が遅延したとすれば、第一事故と第二事故の寄与率は各五〇パーセントである。
(休業損害)
1 原告
原告は溶接工であるところ、両事故により両手振戦が続いて仕事ができなかったから、入通院期間全体について休業損害が認められるべきである。
2 被告岐章
原告には心筋梗塞の既往症があるから、第一事故前からその稼働能力に制約がある。
3 被告久野
原告の両手振戦は第一、第二事故により発生したものではなく、虚偽あるいは原告の私病である自律神経失調症に基因する可能性が高いから、両手振戦を理由とする休業損害は事故とは因果関係がない。
第三争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)
一 治療と各事故との相当因果関係
1 第一事故と第一事故後の治療との相当因果関係
甲第二号証の一、第三号証の一、第四号証の一、第八号証の一、第一〇、第一一号証、原告本人尋問の結果、証人彦坂行男の証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、平成五年九月三日の第一事故後、吐き気や腰部、頸部痛、倦怠感を訴えて救急車で彦坂外科に運ばれ、医師である彦坂証人の診察を受けた。同証人は直ちに原告の頭部のCT及び頸椎のレントゲン撮影をしたが、異常は認められなかった。しかし、原告には心筋梗塞の既往症もあり原告自身が不安感を訴えたため、経過観察の意味を含めて入院の措置をとった。
(二) 原告は第一事故当日には手のしびれを訴え、同月七日からは両手振戦を訴えるようになった(甲一一・二八頁)。そこで同月三〇日には頸椎の核磁気共鳴断層撮影検査(MRI)も行われたが、外傷によると思われる他覚的な異常は認められなかった(甲八の一)。
(三) 前述の症状に対する治療としては、投薬のほかに入院翌日から理学療法が開始され、同月一〇日からは頸部牽引を始めた。入院後、頸部痛の訴えの頻度は漸次少なくなり、両手振戦は一一月一二日を最後に訴えがない(甲一一・三七頁)。
(四) 他方原告は、入院一一日後の九月一四日には外出し、入院から約一か月経った同年一〇月二日からはほぼ週に一回の割合で外泊をするようになった。また、同年一一月一二日には夜間に無断で外出し、他の入院患者と共に飲酒の上、翌一三日深夜に帰院し、後日、「医師、看護婦の指示に従い、入院治療に専念する」旨の誓約書を作成して病院に提出している。なお、原告本人は、酒を飲めば痛みが軽減するとの噂が広まっていたので飲んでみた、酒が飲みたくて外出したわけではないと述べるが、看護記録によれば同日以前の一週間で原告が痛みを訴えたのは一一月九日一回であることに照らし、右の弁解は到底信用できない(甲一一・三六頁)。同月一九日の看護日誌には自信さえつけば退院可との記載もあり(甲一一・三七頁)、彦坂証人自身、入院中何度か退院を勧めたと思うと述べ(同人証言調書一五頁)、第一事故後の入院期間につき、決して妥当な入院期間とは思わない、多少長めとの印象は確かに持っていると認めている(同人証言調書六五頁)。
これらの事実に照らすと、原告の第一事故による入院治療は、事故後約一か月経過した同年一〇月二日までの間に限って同事故と相当因果関係があると認めるのが相当である。
2 第二事故後の治療と第一、第二事故との相当因果関係
(一) 各事故との因果関係の有無
乙第八、第一四の一、二、丙第一ないし第三、第六号証の一、二、前掲原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、第一事故後の通院治療中である平成六年二月八日に第二事故に遭遇したものであり、第二事故直後に原告は首の痛みを強く訴えて彦坂外科に受診し、彦坂医師も新たに頸部挫傷と診断していることが認められ、これらの事実に照らすと、第二事故により新たに原告に頸部挫傷の傷害が生じたこと及び第二事故後の治療がなお第一事故とも因果関係を有することが認められる。
(二) 第二事故後の入院治療の相当性
前掲各証拠によれば、以下の事実が認められる。
(1) 第二事故の追突の態様は原告車が右折するためにセンターラインいっぱいまで出た所で停止して待っていた時に被告久野車により追突されたもので、原告車は後部バンパーの左寄り部分が大きく凹損しているがライト等の割れはない。したがって、衝突時の力はそれほど大きいとはいえず、かつ、原告自身に対して真後ろから作用したものではない(丙六の一、二)。
(2) 第二事故直後の原告は、独歩で彦坂外科を受診した。その際、首の痛みを強く訴えていたが、浮腫、発赤、発熱等は見られず、レントゲン、MRIをはじめ各種検査によっても特に異常は認められず、知覚、筋力もほとんど正常で他覚的所見はなかった(丙一の一八〇頁ないし二二八頁、彦坂証人証言調書三一ないし三八頁)。
(3) 彦坂証人も、原告本人が痛みを訴えることから安静に保つために入院させたが、端的にいって外来でも治療可能であったと述べる(同人証言調書四〇頁、四三頁)。
(4) 原告は入院の四日後である同月一二日を始めとして、同月一六日、一九日、二四日、三月一日、二三日、二六日、二七日、四月一日と頻繁に買物、会社、理髪、自宅などに外出し、四月二三日には外泊している(丙一の一八九ないし一九八頁)。原告本人はこの外出につき、「気分転換や入浴のため家に帰ったりしていた。」、あるいは、「リハビリの一環で病院の周りの土の上を歩くということも外出となる。会社に行ったり、自宅に帰ったりということはない。」などと述べているが(同人第一一回口頭弁論調書七九、八〇項)、いずれにせよ右記のように主治医のいう安静を保つという入院目的にそぐわないことは明らかである。
以上の事実に照らすと、第二事故後の入院治療は相当性を欠くものと認められる。
(三) 第二事故後の通院治療期間の相当性
前掲各証拠によれば、以下の事実が認められる。
(1) 退院後の原告の主訴は頸部痛、手の振戦であるところ(丙一の九〇ないし一一〇、一四七ないし一六一頁)。このうち手の振戦は、昭和五六年の交通事故による受傷後にも認められている(丙三〇)。また、手の振戦については、第二事故後の入院時の看護記録に、振戦がない状態で振戦の有無を本人に聞くと震え出すという趣旨の記載が二か所にわたってある(丙一・二二〇、二二一頁)。
(2) 退院後の原告の症状は、平成六年四月、五月には天候不順時の鈍痛、手の振戦に限定され、五月一一日には変化なしとの記載がある(丙一・一五、一五九、一六一頁)。六月には頸、肩部痺れのみとなって頸部牽引は中止されている(同二〇頁、一五〇頁)。しかし、七月に入って頸部鈍痛を時に強く訴え(同一三四、一三五、一四七頁)、八月にも頸部鈍痛の愁訴が強く、同月三日から頸部牽引が再開され(同一三六、一〇八頁)、その後も頸部鈍痛は緩解増悪を繰り返している。
(3) 原告は、本件事故以外に平成六年七月上旬からめまい、浮遊感がある旨を訴え、同月一九日に自律神経失調症と診断されて彦坂外科に入院し、その入院安静期間中に再び両手振戦や頸部痛を強く訴えるようになったものである(丙一・一四七頁)。平成七年五月二三日には、原告の主治医である彦坂証人が被告久野の代理人に対し、症状固定と考えて良いが、原告からまだ痛い、治療してもらうと良くなるように思うと言われればそれを無視できないと回答している(丙一二の二)。そして、被告久野の代理人から彦坂外科に対して平成七年八月七日以降の治療費支払いを打ち切る旨の通知書が出された直後に、同月六日で症状固定との診断がされている(丙一・七一ないし七五頁)。彦坂証人は、最終的に平成七年八月六日に症状固定として診断書を作成したのは原告と話し合った結果であり、固定時が遅れたのは理学療法のみに通っている原告となかなか話す機会がなかったからで、医学的な見地の純粋な固定時期の問題と臨床段階での生の固定時期とはかなりの誤差があることを認めている(同人証言調書六五頁ないし七〇頁)。また、原告の両手振戦が本件事故以前からあるとすれば、本件事故が原因ではなく自律神経失調症による可能性もあると述べている(同調書五一頁)。
これらの事実に照らすと、原告の症状のうち両手振戦は本件各事故により発症したものとまでは認められない。また、頸部痛も平成六年六月三〇日には症状固定したものであり、以後の症状は本件各事故と相当因果関係にないとみるのが相当である。
(四) 第一事故、第二事故の寄与率
前掲彦坂証人の証言によれば、第二事故直前の原告は、退院して普通の社会生活を営むことが可能であったという点から見れば、当初の症状から五〇パーセント程度治癒していたというのであるから(同人証言調書二八頁)、第二事故後の通院治療は、第一、第二各事故がいずれも五〇パーセント寄与しているものと認められる。
二 治療費等 第一事故後第二事故まで九二万九九九九円
第二事故後二八万三八六〇円
(一) 前記認定のとおり 第一事故後の入院治療費は平成五年一〇月二日までの間に限って相当因果関係があると認めるから、入院治療費は同期間の彦坂外科及び津島市民病院での治療費等の合計六四万二〇五九円と認める。
平成五年九月分 五五万一四六〇円(甲二の二)
六万三三九〇円(甲八の二)
同年 一〇月分 二万七二〇九円
(甲三の二・四二万一七四〇円の日割計算)
(二) 第一事故後第二事故前までの通院治療費は合計二八万七九四〇円と認める。
同年 一二月分 九万六五八〇円(甲五の三)
平成六年一月分 一二万三三八〇円(甲六の二)
三万六五〇〇円(甲九の三)
同年 二月分 三万一四八〇円(甲七の二)
(三) 前記認定のとおり第二事故後の入院治療費は各事故との相当因果関係を認めず、第二事故後の通院治療費は症状固定と認める平成六年六月末日までの合計二八万三八六〇円が相当因果関係に立つ損害と認める。
平成六年四月分 二万〇六〇〇円(丙二八)
五月分 一二万六五八〇円(丙二九)
六月分 一三万六六八〇円(丙一・一五一頁)
三 付添看護費 零円
本件全記録を精査しても、原告の第一事故後の入院中に医師から親族の付添看護の指示があったとは認められない。原告は本人尋問で、入院から二週間くらいは寝たきりであったので妻が付添ったと述べるが、前掲の各証拠によれば、原告は独歩で入院し、入院当日夜から常食を摂り、九月一四日には外出し、また、病院内の足こぎ自転車の使用を許可されていることに照らすと、入院後日常生活動作に特段の介護を必要としたとも認められず、他に付添看護を必要とする事情を認めるに足る証拠がない。したがって、付添看護費は損害として認めることはできない。
四 入院雑費 第一事故後第二事故までの分三万六〇〇〇円
前記認定のとおり、原告の治療のうち入院治療と事故との間に相当因果関係があると認められるのは、第一事故後の一か月間に限られる。したがって、入院雑費も、右の期間に限り一日当たり一二〇〇円の割合で認めるのが相当である。
五 通院交通費 第一事故後第二事故までの分九二〇〇円
第二事故後の分一〇六〇〇円
前掲原告本人尋問の結果及び当裁判所に顕著な事実によれば、原告は通院に際してタクシーも使用したが自分で車を運転していったことのほうが多かったこと、原告の自宅から彦坂外科までは一〇キロ内外の距離であることが明らかであるから、通院一回当たりの通院交通費は二〇〇円と認めるのが相当である(第一事故後第二事故までの通院実日数四六日、第二事故後平成六年六月三〇日までの通院実日数五三日。丙一・一五一、一六〇、一六四頁)。
六 休業損害 第一事故後第二事故までの分一八九万三三一二円
第二事故後の分一三二万〇三三六円
前記認定のとおり原告の手の振戦は本件各事故と相当因果関係にないと認められること、私病による入院もあることから、前記の相当と認められる入院期間の全期間及び通院実日数のみについて休業損害を認めることとし、前掲原告本人尋問の結果及び丙第七号証の二によれば、第一事故前、原告は心筋梗塞の持病があるものの通常勤務についていたことが認められるが、一年間の原告の出勤状況は月によってばらつきがあることから、第一事故前一年間の給与の平均日額二万四九一二円(丙七の二)とするのが相当である。
第一事故後第二事故まで(入院三〇日、通院実日数四六日) 一八九万三三一二円
第二事故後平成六年六月末日まで(通院実日数五三日) 一三二万〇三三六円
七 各被告の負担額
以上によれば、第一事故後第二事故までの間に原告に生じた損害は合計二八六万八五一一円(前記治療費等九二万九九九九円、入院雑費三万六〇〇〇円、通院交通費九二〇〇円及び休業損害一八九万三三一二円)、第二事故後に原告に生じた損害は合計一六一万四七九六円(前記治療費等二八万三八六〇円、通院交通費一万〇六〇〇円及び休業損害一三二万〇三三六円)であるところ、このうち第二事故後の損害は前記認定のとおり第一事故と第二事故の寄与率が各五〇パーセントと認めるから、被告岐章の負担すべき損害額は三六七万五九〇九円(二八六万八五一一円に一六一万四七九六円の二分の一を加えた額)、被告久野の負担すべき損害額は八〇万七三九八円となる。
八 慰謝料 第一事故につき一五〇万円
第二事故につき一〇〇万円
前記認定の事故の態様及び治療の経過、特に前記認定のとおり第一事故後の入院の一か月を超える部分、第二事故後の入院の全部を相当因果関係にないものと認めたが、その期間内で症状固定以前であれば本来通院治療を要したものであることなども考慮すると、慰謝料は第一事故につき一五〇万円、第二事故につき一〇〇万円が相当である。
九 損害の填補
原告が本件各事故の損害の填補として被告久野から三〇〇万〇三五二円、被告岐章から二〇八万五八二〇円を受領したことが認められる。そこで、以上の各被告の負担額から右の額を控除すると、被告岐章の未払額は三〇九万〇〇八九円であり(三六七万五九〇九円に一五〇万円を加えて二〇八万五八二〇円を控除)、被告久野については全額既払となる(八〇万七三九八円に一〇〇万円を加え三〇〇万〇三五二円を控除)。
一〇 弁護士費用 被告岐章に対し三〇万円
原告が被告に対し本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求め得る弁護士費用は、被告岐章に対して三〇万円のみを認めるのが相当である。
一一 結論
以上によれば、原告の請求は、被告岐章に対して三三九万〇〇八九円及びこれに対する本件事故当日である平成五年九月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 堀内照美)